研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第20回無形民俗文化財研究協議会「民俗文化財をネットワークで守り、活かす」

総合討議の様子

 令和7(2025)年12月5日、東京文化財研究所において、第20回無形民俗文化財研究協議会「民俗文化財をネットワークで守り、活かす」を開催しました。
 平成31年(2019)の文化財保護法改正により、文化財の「活用」が謳われるようになってすでに6年が経過しました。しかし、予算や人手が恒常的に削減されるなか、文化財を実際どのように活用していけばよいのか、暗中模索している自治体も多いのではないでしょうか。とりわけ民俗文化財の分野では、活用以前に、保存・継承そのものが大きな課題となっているのが現状です。
 今回の協議会では、こうした状況に対処するひとつの方法として「ネットワーク化」に焦点を当て、民俗芸能や民俗技術といった無形民俗文化財に加え、これらと不可分の関係にある有形の民俗文化財も含めたネットワークの実践事例を取り上げ、各地の取り組みを報告いただきました。
 発表と議論を通じ、ネットワークの意義や果たすべき役割が、具体的な事例をもとに再確認されました。例えば、他者の視点や比較の視点が加わることで文化財の価値が再発見されたり、前向きな意識が醸成されたりすること、あるいは課題や解決策を共有することで、岐路に立った際の検討材料や選択肢が広がること、さらには、「仲間」の存在が日常的な相談や相互の励みに繋がり、保存・継承を支える重要な要素となりうる点なども共有されました。あわせて、ネットワークを持続させるための体制づくりや、人材・財源の確保といった具体的な方策についても意見交換が行われました。
 参加者からは「この協議会自体がひとつのネットワークである」という声も寄せられました。無形文化遺産部では、今後も協議会等を通じて情報の集約や発信を行い、ネットワークのハブとしての役割を果たしていきたいと考えています。
 協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。

世界遺産研究協議会「越境する〈遺産〉」の開催

案内チラシ(表面)
研究協議会風景

 文化遺産国際協力センターでは例年、世界遺産を有する国内の自治体関係者を主な対象とした情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を開催しています。令和7(2025)年度は「越境する〈遺産〉-世界遺産とつながる人々の生活、信仰、環境-」と題して、私たちが文化財保護を通じて守り伝えようとしている「遺産」とはいったい何か、という根本的な問いをテーマに掲げました。12月22日に東京文化財研究所で対面開催し、全国から111名の参加を得た盛会となりました。
 冒頭、鈴木地平氏(文化庁)から「世界遺産の最新動向」と題して、昨年7月にパリのユネスコ本部で開催された第47回世界遺産委員会における議論や決議等の概略を報告いただいた後、当センター国際情報研究室長・金井健が趣旨説明を行い、本会の幕を開けました。その後、伊藤文彦氏(三重県斎宮歴史博物館)が、有形・無形・景観・史跡といった様々な価値が集合した遺産の代表格である「道」をテーマに「複雑な文化遺産における〈遺産〉の捉え方」、続いて文化遺産国際協力センターアソシエイトフェロー・松浦一之介が景観との関係における遺跡保護の観点から海外先進地の比較事例として「世界遺産〈アグリジェントの考古地区〉とシチリア州考古公園システム」と題した講演を行いました。また、胡光氏(愛媛大学)が四国4県の合同で世界遺産登録を目指している「四国遍路」、土屋みづほ氏(大阪府教育庁)が皇室ゆかりの現役の墓地(陵墓)であり、かつ近年は熱心な古墳ファンも多い世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」を取り上げ、遺産としての価値づけや保存活用の具体的な取り組みについて、それぞれ事例報告を行いました。後半は、登壇者の全員参加によるパネルディスカッションを行い、遺産の価値の源泉は何か、その価値を守り、強化するための方法、そして世界遺産における「遺産」の意味づけについて活発な議論が交わされました。
 これらの講演、事例報告、パネルディスカッションの内容は、年度末に報告書にまとめて公開する予定です。また、過年に開催した世界遺産研究協議会についても報告書として刊行し、一部は既に当センターのウェブサイトで公開しています。ぜひご覧ください。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査XX-中央伽藍前十字テラスの 保存修復に向けた予備調査(3)

ナーガ欄干材の移動の様子
移動後のナーガ欄干材仮置き場の様子

 アンコール・シェムリアップ地域保存整備機構(APSARA国立機構)とのタネイ遺跡における協力事業では、中央伽藍の正面に位置して寺院景観上も重要な構成要素である、十字テラスの保存修復に向けた予備調査を令和6(2024)年より継続しています。このテラスは、樹木の生育やテラス内部を構成する盛土の流失等により、多くの箇所で変形・崩壊が進行した状態にあります。さらに、テラス側壁の中間層を中心に、構成材の一部が人為的に持ち去られていることがここまでの調査で判明しており、このことも荒廃の一因と考えられます。
 テラス周辺に散乱していた石材の発掘調査では、これまでに計152材を発見してきました。形状や装飾を手掛かりに材の種別を同定したところ、テラス上面の外周を縁取るナーガ(蛇)を象った欄干の構成材がその約半数を占めていました。令和7(2025)年11月16日~12月4日に職員2名を派遣し、これらのナーガ欄干材を回収して一時保管場所に移動、整理する作業をAPSARA国立機構のスタッフとともに行いました。各部材の記録と並行して、材同士の接合関係や技法に関する調査を行った結果、計4材の欄干材を複数の破片から再構成できたほか、材同士を接続する技術などの発見にもつながりました。
 これまでの調査経過は以下の活動報告からご覧いただけます。
– 予備調査(1) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2385236.html
– 予備調査(2) https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2398781.html

「第59回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」開催

講演風景(藤岡奈緒美氏)
名古屋城本丸御殿障壁画の帝鑑図(ガラス乾板)

 文化財情報資料部では、研究の成果を一般の方に向けて発表する機会として、毎年秋に「オープンレクチャー」を企画しています。このたびの「第59回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」は、令和7(2025)年11月13日、14日の2日間にわたって、東京文化財研究所セミナー室で開催し、4名の研究者が講演をおこないました。
 1日目の講演のうち、「「銘文」を考える」(文化財情報資料部研究員・月村紀乃)では、作品研究において重要な手がかりとなる「銘文」に注目し、文字の形状や字種ごとの出現頻度という観点から、刀剣の銘文を捉え直す研究手法を提案しました。また、「画僧 風外本高(ふうがいほんこう)の絵画制作」(島根県立美術館学芸員・藤岡奈緒美氏)では、出雲国(現在の島根県)に多くの絵画作品を残した風外本高を取り上げ、その主題選択や描画技法に、版本や池大雅の存在が強く影響を与えていることが示されました。
 2日目の講演では、「タイに渡った蒔絵工―鶴原善三郎と三木栄―」(文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子)で、20世紀初頭にタイに招かれた二人の日本人蒔絵工を題材に、従来知られていなかったタイ王室での待遇や漆工品制作などについて紹介しました。また「「帝鑑図」とは何か」(文化財情報資料部客員研究員・薬師寺君子)では、東京文化財研究所で所蔵するガラス乾板等の資料を使い、中国で出版された『帝鑑図説』の挿絵が、日本で帝鑑図として受容されていく過程を読み解きました。
 講演には両日合わせて126名の参加者がありました。アンケートでは、回答者のおよそ9割から「たいへん満足した」、「おおむね満足だった」との評価が得られ、自由記述欄からも、講演内容への満足度の高さがうかがわれました。

「『日本美術年鑑』採録文献データベース」の公開について

『日本美術年鑑』のデータ入力作業の様子
『日本美術年鑑』採録文献データベース

 『日本美術年鑑』(以下『年鑑』)は、日本国内の美術界における一年間の動向をまとめたデータブックで、昭和11(1936)年に東京文化財研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所で刊行され、現在も刊行が継続されています。令和4年版(2025年1月刊行)より、『年鑑』を構成していた項目のうち「美術文献目録(定期刊行物所載文献)」の冊子掲載を終了し、これに代わって、同目録を収録した「『日本美術年鑑』採録文献データベース」をウェブサイト上で公開しています。(https://www.tobunken.go.jp/yearbook/articles_from_periodicals
 本データベースは、冊子版と同様に、内容に即した分類ごとに文献を掲載することに主眼を置いています。特定の作家や美術館などに関する文献を調べたい場合は、一般的なデータベースと同様にキーワードによる検索が可能です。しかし、『年鑑』において「保存修復」や「文化財行政」などに分類される文献のなかには、適切なキーワードの設定が難しいものも含まれています。そのため、分類ごとに文献群を参照できる本データベースは、従来の冊子版のように、キーワード検索では把握しにくい各分野の動向を把握するうえで有効です。
 現在は、冊子での掲載を終了した令和3(2021)年1月1日から令和4(2022)年12月31日までに刊行された雑誌や新聞の文献目録を公開しています。今後は、令和2(2020) 年以前に発表された最新の文献情報を公開していくことを計画しています。こうした取り組みによって、冊子版『年鑑』が長年にわたり果たしてきた日本国内の美術界の動向を体系的に把握する役割を、今後も維持し、発展させてまいります。なお、データベースは現状、起動に10秒ほど時間がかかる状態となっており、表示速度改善に向けた検証と調整を進めております。

文化財(美術工芸品)の修理記録データベースの開発過程―「Clarisカンファレンス2025」での報告

セッションの様子
報告スライド(一部)

 東京文化財研究所文化財情報資料部では、Claris International Inc.が提供するローコード開発プラットフォーム「Claris FileMaker」を用いて、およそ100の様々なデータベースを共有しており、文化庁「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」の成果である「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」もその一つです。令和7(2025)年11月7日、東京文化財研究所は同社主催の「Clarisカンファレンス2025」において、本データベースに関する報告を行いました。
 データベースの「作る」「貯める」「取り出す」「見せる」という各作業段階に対して、本データベースはこれらを一つの統合システム上で行うのではなく、複数のソフトウェアを利用し、データのみを共有する形でシステムを運用している点に特徴があります。具体的には、Microsoft Excel で作成したデータをClaris FileMaker に取り込み、公開に際してはWordPressを用いるという運用です。
 報告「基準なき文化財修理記録のデータベース化を支えた Claris FileMaker の高い柔軟性」(発表者:小山田智寛・山永尚美・田良島哲・江村知子(文化財情報資料部))では、こうした運用が各作業段階に自由度の高さをもたらし、柔軟なレイアウト設計とスピーディーな要件定義を可能にしたことを述べました。こうした「作りながら考える」という開発プロセスのもと、今後も試行錯誤を繰り返しながら、多くの方のお役に立てる修理記録データベースの設計と構築を目指してまいります。

*今年度の事業成果は「2025年度 美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業 報告会」(令和8(2026)年2月6日開催、https://www.tobunken.go.jp/info/event/2026/0206/)にて報告予定です。

東京国立博物館での講演

 令和7(2025)年11月15日、東京国立博物館・平成館大講堂にて開催された月例講演会に、文化財情報資料部研究員の田代裕一朗(東京国立博物館学芸研究部調査研究課東洋室 研究員 併任)が登壇し、「韓国のやきもの、その美を探る」と題した講演を行いました。本講演は、東洋館で開催されていた「博物館でアジアの旅 日韓国交正常化60周年 てくてくコリア―韓国文化のさんぽみち―」展(9月23日~11月16日)の関連企画として実施されたものです。
 講演では、まず展示作品を中心に、高麗時代の青磁から朝鮮時代の粉青沙器・白磁に至るまで、時代ごとの美的特徴を概観しました。そのうえで鑑賞史をひもときながら、やきものに向けられた日本人と韓国人のまなざしの違いについて、講師の韓国での体験談を交えた解説が行われました。
 今回の講演は、単なる知識の伝達にとどまらず、展示を通して実物を見て確かめることのできる機会であったことから、韓国のやきものについて考えていただくうえで、有意義な場となったのではないかと思います。今後も、論文や研究発表などの学術研究活動と並行しながら、そうした活動を通して得られた成果や知見を、広く社会に還元していければと考えています。

参考:東京国立博物館 講演会・講座
https://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=list&cid=1

活動報告「京都府寺院重宝調査記録(赤松調書)データベースの公開」

データベースの画面
赤松調書

 京都府文化財保護課には、戦前から今日に至るまでの京都府内の文化財調査に関わる膨大な資料群が所蔵されています。この資料群の重要性と、また将来に渡って保存すべき公共性を鑑みて、東京文化財研究所と京都府教育委員会は平成30(2018)年に資料のデジタル化に関する共同事業の覚書を取り交わし、京都府から寄託された資料の整理とアーカイブの構築に取り組んでまいりました。
 このたび、その資料群のうち「赤松調書」と通称される京都府寺院重宝調査記録の目録とデジタル化した調書のデータベースを公開いたしました。京都府文化財保護課長を務めた赤松俊秀(1907~1979)が中心となって昭和16(1941)年から京都府内で網羅的に実施した宝物調査の記録文書で、一部に欠本があるものの現存する簿冊92冊、調書21,871点、調査対象となった寺院は1,581件にのぼります。これまで京都府の内部資料として保管されてきた赤松調書をすべてデジタル化し、記載された宝物の情報を可能な限り目録として登録した唯一無二のデータベースです。調査された宝物の中には、すでに災害や盗難によって失われたものも含まれており、80年以上を経た記録としてとても貴重な資料です。調書のデジタル画像は資料閲覧室で公開しており、目録の一部は東京文化財研究所のウェブサイトからもアクセスが可能です。なお、京都府から寄託されている他の資料についても漸次整理を進めており、今後公開してまいります。
 赤松調書のデジタル化と整理には約5年を要し、その間に5名の学生アシスタントの方々が入力作業に尽力してくださいました。本データベースが今後の文化財研究の一助となることを願うと同時に、ご協力いただいた皆様に心より御礼を申し上げます。

WordCamp Kansai 2025への参加

WordPressのデータベース構造(https://codex.wordpress.org/Database_Description

 東京文化財研究所では、平成26年(2014)年にウェブコンテンツ管理システム WordPress を利用した文化財情報データベースを開発し、現在まで運用を継続しています。 およそ10年におよぶ運用を通じて得られた知見について、折に触れて学会等で報告してきましたが、令和7年(2025)年11月2日にはWordPressの地域コミュニティが主催するカンファレンス WordCamp Kansai 2025(https://kansai.wordcamp.org/2025/) において、「データベース構造から改めてWordPressを考える」と題し、文化財情報資料部の小山田智寛、石灰秀行、二神葉子が報告を行いました。
 WordPressの画面デザインやデータの入力方法に関しては、多くの情報が公開されています。しかし、データベース構造に関する情報はそれほど多くはありません。東京文化財研究所では、WordPressを文化財情報データベースの公開システムとして利用しているため、WordPressのデータベース構造と文化財情報をどう組み合わせるか、という課題に運用開始以来取り組んでいます。 セッションでは、この観点から、 WordPressのデータ保存の仕組みについて、東京文化財研究所でこれまでに公開してきた文化財情報データベースの実例を取り上げて解説しました。また、WordPress上で大きな画像ファイルをBase64エンコードでテキスト化して取り扱う検証や、文化財情報の公開のために作られたCMS(コンテンツ管理システム)であるOmeka S (https://omeka.org/s/)とWordPressの比較等についても報告いたしました。
 質疑応答では、東京文化財研究所で行っている検証について、表示速度が落ちるのではないか、との指摘がありました。一般的なウェブサイトでは表示速度は重要な指標です。しかし東京文化財研究所にとっては、テキストをプリントアウトすることによるバックアップの可能性の検証にもなることを説明いたしました。
 このようにセッションを通して、一般的なブログや企業ウェブサイト構築とは、技術的な優先度が異なる点が明らかになるなど、カンファレンス参加者の関心を引くことができました。今後も文化財情報の発信に加えて、その管理や保存についても最適な方法を研究して参ります。

第19回無形文化遺産部公開学術講座「普及から考える伝統芸能の継承」の実施

【写真1】長唄の演奏(左:杵屋勝志寿氏、右:杵屋勝司郎氏)
【写真2】琉球古典音楽の演奏(棚原健太氏)
【写真3】座談会の様子(右から小塩さとみ氏、飯田勉氏、杵屋勝四寿氏、杵屋勝司郎氏、棚原健太氏)

 令和7(2025)年11月7日、東京文化財研究所地下セミナー室で第19回無形文化遺産部公開学術講座「普及から考える伝統芸能の継承」を開催しました。
 まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、文部科学省初等中等教育局教科書調査官の飯田勉氏に「学習指導要領と教科書の中の伝統芸能」として、学校教育での伝統芸能普及の柱となる指導要領と、その具体的な指針ともなる教科書における伝統芸能の扱いについてご講演いただきました。続いて、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓より報告①として「東京都の学校における伝統芸能体験の取り組み」、前原より報告②として「沖縄県における学校内外での伝統芸能普及の取り組み」について発表を行い、それぞれの伝統芸能普及への取り組みの現状や課題について整理しました。
 後半は、演奏・対談①として杵屋勝四寿(かつしず)氏と杵屋勝司郎(かつじろう)氏にご登壇いただき、長唄『鞍馬山』の演奏後、それぞれが伝統芸能にかかわるようになったきっかけや、その後の修練の過程についてお話を伺いました(【写真1】、聞き手は鎌田)。さらに演奏・対談②では、琉球古典音楽・歌三線の棚原健太氏をお迎えし、『本花風節(むとぅはなふうぶし)』、『下出し述懐節(さぎんじゃしすっくぇーぶし)』の演奏に続いて、琉球古典音楽との出会いや、その魅力、演奏家として活動し続ける上での課題等についてお話を伺いました(【写真2】、聞き手は前原)。
 最後の座談会では、ご登壇頂いた皆様に加えて、教員養成を通して伝統芸能の普及に取り組んでいる宮城教育大学教授の小塩さとみ氏に加わっていただき、学校教育内外における伝統芸能教授・普及の現状や課題について、それぞれの地域や立場からの意見交換を行いました(【写真3】)。
 今後も無形文化遺産部では、無形文化財の普及・継承について、様々な立場の方々と連携しながら情報を共有し、課題解決の糸口を模索していきたいと思います。なお、本講座の報告書は次年度刊行、PDF公開予定です。

サウジアラビアにおける文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップならびに「XRミートアップinリヤド」の開催

 文化遺産国際協力センターとサウジアラビア文化遺産庁は、令和7(2025)年11月2日から4日にかけて、サウジアラビア国立博物館で3Dデジタル・ドキュメンテーションに関するワークショップを共催しました。サウジアラビアにおいても文化遺産分野でのデジタル技術の活用は注目を集めています。同国で初めての開催となる今回のワークショップは「考古資料の3次元計測」をテーマとし、遺跡や博物館の調査や管理業務に携わる専門職員ら計25名が参加しました。
 ワークショップでは、考古資料の3次元写真測量の基礎的な手法に加えて、対象物の種類や大きさ、あるいは場面に応じた様々な計測手法やデータの活用方法について、日本から派遣した専門家が講義を行いました。さらに、参加者が各班に分かれて実際にサンプル資料の3次元写真測量を行ったほか、スマートフォンのLidar機能、3次元レーザースキャナーを用いた3次元計測の手法を学ぶ実習も行いました。
 4日には、国立博物館を会場としてXRミートアップ in リヤドを開催しました。公立小松大学からは「ホンジュラスのコパン遺跡VR体験」、奈良文化財研究所からは「XR平城京」、産業技術総合研究所・奈良文化財研究所からは「3DDB Viewerプロジェクト」、株式会社ホロラボからは「京都VR」、株式会社Nianticからは「Scaniverse」体験、東京文化財研究所からは「バーレーンのアアリ王墓のVR体験」と「カンボジアのタネイ寺院遺跡のVR体験」などを出展しました。ワークショップの参加者だけではなく、一般の来館者の参加も得て、文化遺産の3次元計測の様々な活用の事例を広く体験してもらう場となりました。
 本ワークショップは文化庁委託「デジタル技術を用いたバーレーンおよび湾岸諸国における文化遺産の記録・活用に関する拠点交流事業」の一環として行いました。

西アジア考古学パイオニアセミナー開催

講演中の佐々木達夫先生

 令和7(2025)年11月8日(土)に、金沢大学名誉教授・佐々木達夫先生をお迎えして「ペルシア湾岸地域の遺跡を掘る」と題する講演会を開催しました。
 この講演会は、西アジアとその周辺地域における考古学研究を切り開いてきた第1世代の研究者を招いて日本西アジア考古学会が平成30(2018)年から開催している、「パイオニアセミナー:西アジア考古学を切り開いてきた開拓者たち」の第7回目にあたります。今回は東京文化財研究所と同学会の共催により、本研究所セミナー室を会場とする対面とオンライン配信を併用する形式で実施し、合わせて90名の皆様にご参加いただきました。
 文明交流史をご専門とする佐々木先生は、陶磁器の流通を研究の中心に据えつつ、日本からイラク、エジプト、インド洋、ペルシア湾岸や同地域の砂漠地帯の遺跡まで、数多くの発掘調査に携わってこられました。現地の情勢や治安が安定しないなかでも調査研究を継続し、現地研究者らとの交流を深めるとともに、遺跡の保護活動にも尽力してこられました。各国での調査をめぐる事情や遺跡保護に対する考え方の違いに直面しながら、日本人研究者として第一線を走ってこられた先生のお話は、現役世代として今まさに遺跡調査に関わっている者だけでなく、西アジア世界や考古学に思いを馳せた同世代の方々や、これから西アジア考古学に足を踏み出そうと考えている若い世代にとっても、それぞれに新たな気付きを与えてくれるものでした。
 目下、湾岸地域ではパイオニアからのバトンを受け取った日本人研究者が指揮する5つ以上の考古調査隊が活躍しています。その最新の調査成果は、令和8(2026)年3月21日・22日に同会場で開催予定の第33回西アジア発掘調査報告会にて詳しくお聞きいただけます。

シンポジウム『地域社会と文化遺産』とスタディツアーの実施

「地域社会と文化遺産―南イラク(シュメール)の未来像を考える―」(11月24日東京文化財研究所)
「地域社会と文化遺産―京都・奈良の事例をふまえて―」(11月30日京都芸術大学)
スタディツアー 平等院訪問

 イラクでは紛争や情勢不安から一時期は海外からの調査・支援が停滞していましたが、令和2(2020)年以降徐々に外国調査隊が復帰し、古代西アジア文明史に関する国際的な考古学研究と文化遺産保護活動が再開されています。東京文化財研究所においても、平成16(2004)年~平成22(2010)年度にイラク国立博物館の保存修復専門家に対する本邦研修と機材提供を行ったほか、平成31(2019)年と令和4(2022)年にシンポジウムを開催するなど、支援を継続してきました。
 同国では現在、文化遺産保護を持続可能なものとしていくために地域住民の意識を向上させることが課題となっています。そこで本研究所では、令和7(2025)年11月22日から12月1日にかけて、メソポタミア考古学教育研究所および京都芸術大学日本庭園・歴史遺産研究センターとの連携のもと、南イラクのズィー・カール県から3名の専門家を招聘し、日本の史跡整備や文化遺産活用の事例を通じて新たな発想や手法に触れ、自国の課題解決に活かしてもらうことを目的に、「地域社会と文化遺産」をコアテーマに掲げた2回のシンポジウムを含むスタディツアーを実施しました。
 東京と京都で開催したシンポジウムでは、イラク人専門家から同県での発掘調査と史跡整備の現状が紹介されました。さらに、古代メソポタミア文明や考古学に関する講演活動、博物館資料と地域の人々を繋ぐイベントの開催、高等・大学教育の場における文化遺産の捉え方についての調査成果などが発表されました。日本側からは、東京会場では、文化庁の中尾智行氏と飛騨市の三好清張氏から日本の文化財保護政策の現在地や地方自治体の活動について、また京都会場では、京都芸術大学の仲隆裕氏が平等院の史跡整備と地域連携について基調講演されたのに続き、奈良県世界遺産室の山田隆文氏が世界遺産を保有する県内自治体職員向けの指導や学校教育との連携について、京都芸術大学の宇佐美智之氏がイラクの文化遺産をWeb GISでマッピングする学生や市民協力型の支援活動について、それぞれ講演されました。これらの講演を通じて両国での市民に対する普及活動の特徴や課題が共有されるとともに、今後いかに市民が文化遺産と関わる場面を増やすことができるか、その効果的な方策をめぐり活発に意見が交わされました。
 イラク人専門家の皆さんは両シンポジウムの間に各地の史跡や博物館などを訪れ、サイトミュージアムの利点や、復元建物や植栽による表示、遺構露出展示といった各種整備手法、VRやAR、多言語映像資料による解説など、イラクにおける課題解決に資する情報を熱心に学ばれました。
 今回の訪日で得た経験や知識が南イラクにおける文化遺産保護の進展に役立てられることを期待し、今後も連携協力を続けていきます。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」2025の開催

研修生、ラテンチーム、ICCROM関係者、日本チームによる記念撮影
日本チームによる実習風景 

 東京文化財研究所では、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)およびCNCPC-INAH(メキシコ国立人類学歴史機構、国立文化遺産保存修復機関)との三者共催により、国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」を平成24(2012)年よりメキシコシティで実施してきました。北米や欧州に比べて文化財保存修復に関する研修や情報交換の場が少ないとされる中南米地域を対象とすることで、この地域における紙文化財の保存修復に貢献することを目的としています。
9回目の開催となる今回は、令和7(2025)年11月12日から26日までの日程で、アルゼンチン共和国、ボリビア多民族国、チリ共和国、コロンビア共和国、グアテマラ共和国、メキシコ合衆国の6カ国から、計9名の研修生を迎えて実施しました。
 研修は、日本チームの講師が前半を、後半をメキシコ合衆国やスペイン王国の講師からなるラテンチームがそれぞれ担当しました。前半では、日本の紙本文化財の保存修復技術に関する基礎として、和紙や紙本文化財の修復技術などについて講義するとともに、その修復技術のうちでも応用性が高い技術や道具、材料を中心に実習を行いました。
 研修に対する満足度は非常に高く、和紙や日本の技術に直接触れて学び、その背景にある哲学も含めて理解する機会を得られたことを高く評価する声が寄せられました。
 なお、ラテンチームの講師を務めたのは、30年以上続く国際研修「紙の保存と修復」などの研修を、東京文化財研究所でかつて受講したメキシコ人専門家です。このように国外に人材が着実に育っていることは、当研究所にとっても大きな成果といえます。今回の研修で伝えた技術と知識、人と人とのつながりが、さらに国内外の文化財保存に寄与することを期待しています。

イストリア地方(クロアチア)における壁画保存に向けた共同研究(その3)

チェックシートを用いた壁画の保存状態調査
調査対象の壁画(一例)

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、壁画の維持管理および保存修復に係る共同研究に取り組んでいます。
 その一環として、クロアチア文化メディア省美術監督局、イストリア歴史海事博物館、ザグレブ大学と共同で、クロアチアの北西部に位置するイストリア地方の教会壁画を対象にした維持管理システムの開発を進めています。この地域では、中世からルネサンス期にかけて数多くの壁画が制作され、その数は、現在確認されているだけでも150件にものぼります。その保存状態を調査・記録し、収集したデータを専門家の間で共有することで、維持管理に役立てていこうというのがこの研究のねらいです。
 令和7(2025)年11月3日から7日にかけて現地を訪問し、第3回目となるチェックシートを用いた導入テストを実施しました。今回のテストでは、前回の成果と課題を踏まえ、より高精度な評価結果が得られるよう項目の見直しを行った結果、実用性の一層の向上が確認されました。現地機関からは本事業への深い理解と高い関心が示されるとともに、今後も継続的な協力を望む強い意向が寄せられました。今後は、これまでに築かれた連携関係をさらに発展させつつ、より充実した研究体制のもとで実践を重ね、壁画の保存と活用に資する持続的な維持管理システムの確立を目指して活動を継続していく予定です。

スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査(その8)

聖ザノビウス像
X線による撮影

 文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」において、スタッコ装飾及び塑像に関する研究調査に取り組んでいます。
 令和7(2025)年11月8日から11月12日にかけてイタリア・フィレンツェを訪れ、ルネサンス後期、マニエリスムの彫刻家ピエトロ・フランカヴィッラやアントニオ・ディ・アンニバレ・マルキッシによる塑像群を対象とした調査と成果報告会を実施しました。これらの彫刻群は、1589年にトスカーナ大公フェルナンド1世デ・メディチとクリスティーヌ・ディ・ロレーヌの婚礼を祝うため、フィレンツェ大聖堂に設置された仮設ファサードを飾る構成要素として制作されたものです。仮設ファサードの撤去後、しばらくの間大聖堂内部の身廊壁際に配置されていましたが、19世紀にクーポラの北東部の屋根裏空間へと移され、現在は、オペラ・ディ・サンタ・マリア・デル・フィオーレの管理下に置かれています。
 今回の成果報告会では、これまでに実施した非破壊調査 −可視光・赤外線・紫外線による写真記録撮影、X線撮影、ファイバースコープ探査、三次元計測など− によって得られた知見を研究チーム内で共有しました。その結果、粘土を主体とした多層構造や、部材のモジュール化を前提とした設計といった、構造上の特徴を捉えることができました。また、表層の仕上げや金箔装飾の痕跡も確認され、像の制作工程に関わる重要な手がかりも得られつつあります。今後は、非破壊手法では把握が困難な詳細情報を収集するため、適切な倫理基準と保存科学上の配慮のもとでサンプリングを伴う微破壊調査へと段階的に移行し、構造的特質と劣化要因との相関を解明するとともに、適切な保存修復方針の策定に寄与していく予定です。
 さらに、本研究は、地域や時代を超えて受け継がれてきたスタッコ装飾および塑像文化の普遍性と、その技術的展開の多様性を解明することも目的としています。美術史、保存修復学、材料科学、文化財学といった領域を横断する学際的研究である以上、国際的な知見の共有と協働は欠かせません。今後も各国の専門家との連携をいっそう強化し、学際的な対話を深めながら、着実に研究を進めていきたいと考えています。

国宝修理装潢師連盟 第29回定期研修会でのポスター発表

ポスター発表の様子
掲示ポスター

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっております。令和7(2025)年10月3日、一般社団法人国宝修理装潢師(そうこうし)連盟が主催する第 29 回定期研修会において、本事業の成果である「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」についてポスター発表を行いました。
 国宝修理装潢師連盟は、絵画、書跡・典籍、歴史資料といった美術工芸品を中心とした文化財の保存修理を専門に行う技術者の集団であり、現在の加盟工房は10社、所属する登録技術者は約140名に及びます(令和7年時点)。同連盟は、国の選定保存技術である装潢修理技術の保存団体に認定されており、年に一度開催される定期研修会には、各地から多くの修理技術者や専門家が集います(令和7年度の参加者数は376名)。
 当日は、朝賀浩・皇居三の丸尚蔵館特任研究員ならびに綿田稔・文化庁文化財第一課主任文化財調査官より、肖像画と水墨画の鑑賞と保存にまつわる講演が行われました。また、各加盟工房により修理事例の報告がなされる中、東京文化財研究所は「文化財(美術工芸品)の修理記録データベースについて―「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」事業報告―」という表題にてポスターセッションに参加し(発表者:山永尚美・小山田智寛・田良島哲・江村知子(文化財情報資料部))、データベース構築にあたっての調査手順、データ構造、収録範囲、今後の展望と課題、またその利用方法について報告しました。
 会場では、修理技術者、博物館関係者、美術工芸品の修理を学ぶ大学院生などから多くの質問や感想をお寄せいただき、あわせて様々な理由から近年継承が困難になりつつある修理記録についても情報を得ることができました。こうして得られた知見は本プロジェクトへと還元し、引き続き修理記録の資源化やデータベースの運用に活かしていきたいと考えています。

イタリア諸機関における美術資料・歴史文書の調査

ジュゼッペ・トゥッチ・コレクションを顕彰する展示(ローマ・文明博物館)
イタリア下院附属歴史公文書館の調査室
アリナーリ写真財団の外観

 文化財情報資料部では、日本に関する美術資料およびその背景となる歴史的資料の調査を行っています。令和7(2025)年10月にはイタリアを訪問し、ローマおよびフィレンツェにおいて関連資料の調査を実施しました。
 ローマのEUR地区に設立された文明博物館(Museo delle Civiltà)にはかつてイタリア国立東洋美術館およびピゴリーニ国立先史民族博物館の所蔵であったコレクションが収蔵されています。同館の東洋美術部門(Arti e Culture Asiatiche)のピエルフランチェスコ・フェーディ博士と面会し、作品調査および所蔵資料の照会を行いました。基盤となるジュゼッペ・トゥッチのコレクションをはじめ、ラグーザ夫妻のコレクションを含むピゴリーニ・コレクションに関する有意義な情報交換を行うことができました。
 そして、ローマのリオーネ・ピーニャ地区にあるイタリア下院附属歴史公文書館(Archivio Storico della Camera dei Deputati)を訪問し、同館ディレクターであるパオロ・マッサ氏と面会しました。面会では、ムッソリーニ政権期における日本との文化交流および美術外交に関する一次資料の所在を確認することができました。これらの資料は、日伊間の外交関係における美術行政の実態を示す貴重な記録であり、当時の文化政策を考察するうえで極めて重要な史料といえます。
 同館は、サルデーニャ王国期の1848年に議会活動を支援する目的で創設され、1865年にモンテチトリオ宮殿へ移転後、百年以上にわたり議会の知的基盤として機能してきました。1988年に一般公開が開始され、2007年には上院図書館と連携する「議会図書館センター(Polo Bibliotecario Parlamentare)」が設立されています。
 イタリア下院の文書遺産は、1848年から今日に至るまで下院によって作成・取得された原資料および議会政治に関わる私的文書群から構成されており、同館のウェブサイトでは、電子化された目録や写真資料、デジタル・アーカイブなどを閲覧することができますhttps://archivio.camera.it/
 フィレンツェでは、アリナーリ写真財団(Fondazione Alinari per la Photographia)を訪問し、同財団ディレクターであるクラウディア・バロンチーニ氏と面会しました。19世紀にイタリアで最初の写真館として創立されたフラテッリ・アリナーリ社の事業を継承し、写真の保全と写真文化の普及を使命とする同財団は、美術館の開館準備中であり、現在はウェブサイト上で所蔵資料を公開しています。東文研の所蔵する森岡柳蔵旧蔵資料はこのフラテッリ・アリナーリ社による写真が大多数を占めるほか、矢代幸雄によるイタリア美術の写真もまた、同社に所属した写真師との関係が知られています。面会においては、東文研の所蔵するこれらの資料について、また東文研の活動について説明し、情報交換を行いました。
[森岡柳蔵旧蔵資料]
https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2056691.html
 今回の訪問を通じて、イタリアにおけるアーカイブは、記録の保存のみならず、「記憶を守る聖域」として位置づけられていることを強く感じました。このような認識は、文化財を「共有知」として扱ううえで、欠くことのできないものであり、知の「共有」と「責任」のあり方を見つめ直す貴重な示唆を得るものとなりました。

美術市場のメカニズムを知る―令和7年度第7回文化財情報資料部研究会の開催

川島氏による発表風景
山口氏による発表風景
質疑応答の風景(左:川島氏、右:山口氏) 

 東京文化財研究所が所蔵する重要な図書コレクションとして「売立目録」があります。売立目録とは個人や名家が所蔵する美術品を「売立会(入札会)」で売却するために作成・配布された冊子で、当研究所には明治時代後期から昭和時代までに発行された売立目録が計2,532冊所蔵されています。これは公的な機関としては日本最大のコレクションで、美術品の来歴調査などに日々活用されています。

 この「売立会(入札会)」において、美術品は、世話人・札元による仲介のもと、独自の入札方式で競られました。これは高額を提示して競り上がっていくオークションとは異なり、日本的な商慣習に裏打ちされたものでした。しかし現在、売立目録自体は頻繁に参照されている一方で、その制度的背景や運営の実態については十分に理解されているとは言いがたく、「売立会(入札会)=オークション」と混同される例も少なくありません。日本の美術市場は、欧米とは異なる独自の取引形態のもと、発展・展開してきた点に特徴があります。研究者が美術市場のメカニズムを知り、資料に対する理解を深める機会として第7回文化財情報資料部研究会「美術市場のメカニズムを知る」を令和7(2025)年10月9日に開催しました。

 研究会では、研究会の企画者である田代裕一朗(文化財情報資料部)による司会のもと、まず川島公之氏(東京美術商協同組合 理事長、繭山龍泉堂 代表取締役社長)が、「売立、交換会について」と題して日本型の美術市場について解説し、つづいて山口桂氏(クリスティーズジャパン 代表取締役社長)が「オークションについて」と題して欧米型の美術市場を紹介しました。両氏の発表を通じて、日本と欧米における美術市場の構造的な違いが浮かび上がり、また発表後には質疑応答の時間も設けられ、研究者にとって普段深く知る機会がない美術市場のメカニズムを両氏から直接学ぶ貴重な機会となりました。

 美術史研究は、美術館・博物館の学芸員や大学教員といった職業的研究者の知見のみによって支えられているものではありません。文化財情報資料部研究会が、こうした多様な視点を取り込み、広く研究に資する知見を獲得する機会となれば幸いです。

(参考)
売立目録デジタルアーカイブに関して:https://www.tobunken.go.jp/japanese/uritate.html
専門端末の予約に関して:https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_uritate.html

2025年度日韓無形文化遺産研究交流の実施

【写真1】江陵端午祭伝授館の研修室(研修に必要な楽器や衣装等も備えられている)
【写真2】江陵端午祭伝授館併設の劇場
写真3】満席の河回別神クッ仮面舞の普及公演(工事中のため仮設会場)
写真4】最終日に行った成果報告会(無形遺産局にて)

 東京文化財研究所 無形文化遺産部は、平成20(2008)年より大韓民国国家遺産庁無形遺産局と研究交流を実施し、その一環として相互に研究員を派遣して調査研究を行う人事交流を行っています。今年は10月11日~25日まで、無形文化財研究室長・前原恵美が「世襲に依らない伝統芸能教育等の体系的な推進」をテーマに調査しました。
 韓国も日本と同様少子化の時代を迎え、このことが伝統芸能の継承に影響を及ぼしかねない状況にあります。こうした現状を踏まえて今回の調査では、韓国の伝統芸能の保存会活動や、伝統芸能等の継承者育成の一端を国が採択した大学で実施する「国家無形遺産伝授教育学校」制度に焦点を当てることにしました。
 旧暦の端午の節句に行われる「江陵端午祭(カンヌンダノジェ)」(国の重要無形文化財第13号)や、村神を迎えて木製の仮面を掛けて舞う「河回別神(ハフエビョルシン)クッ仮面舞(クッタルノリ)」(国の重要無形文化財69号)は、いずれもユネスコの「人類の無形文化遺産代表的な一覧表」に掲載されています。これらの伝統芸能を継承する各保存会は、いずれも伝授館や公演のための場を備え(【写真1】【写真2】【写真3】)、そこを拠点に普及のための企画公演や展示、後継者育成のための様々なカリキュラムやその成果発表等を実施していました。また、国による「国家無形遺産伝授教育学校」制度に採択された慶尚(キョンサン)国立大学校、全南(チョンナム)大学校、韓国伝統文化大学校は、保存会とは別組織ではありますが、連携を模索しながら「大学教育」の中に伝統芸能や工芸技術の後継者育成を組み込む工夫をしていました。これらの環境や制度は、日本の伝統芸能継承を考える上で参考になる点が多いと感じました。もちろんそれぞれに、学歴社会と芸能習得の両立や、オーバーツーリズムの問題、教育機関と保存会のシームレスな協力関係の構築など課題も抱えているようですが、これらとて日本の伝統芸能継承の場でも起こり得る、あるいはすでに起こっていることではないでしょうか。今後とも、韓国の伝統芸能について理解を深めながら、日本の伝統芸能継承に資する手掛かりも見出せるよう努めたいと思います。
 調査から最終日の成果発表(【写真4】)まで、さまざまに心を尽くしてサポートしてくださった大韓民国国家遺産庁無形遺産局の皆様に改めて深謝いたします。

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